Untitled.短文保管庫。
最近は殆どがこっちの更新です。

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EX8.5:その判断は至ってシンプル

 

「どうしたのよ」

通話が切れたスマートフォンの画面をそのまま操作して、ショートメールを送り終わってもその画面を眺めていれば、カウンターの向こうに立つ海舟ーー麟は俺にそうやって声をかける。
「ん、ああ。バルセロナってすげーなーって思って」
当たり障りない答えを返して、携帯をカウンターに置いて眼前に置かれていたウイスキーを呷る。
「だよなー、仕事辞めていきなり海外ってさっちゃんの行動力どうなってんの?」
隣で笑うのはこの店の従業員であるリサ。「ねー、ママ」とリサがこの店の主に同意を求めれば「昔っからよ」と彼は呆れの混じった笑みで話す。
「それな」その言葉に同意すれば「そうなんだ?」とリサはその話に乗るのだ。
「知り合ったのが大学時代だから、それ以前は分からないけどさ、アイツ割と仲良くしてたと思ってた俺らにもなーんも言わないで留学しやがったの」
「そんな事もあったわねー、新学期始まってもあの子大学出てこなくて、同じ学科で2年なんだから全く授業被らないなんて有り得ないのにどの授業でも顔見ないモンだからまさか退学でもしたんじゃないかって二人で焦ってメールしたら脳天気に留学なうなんて一言だけ返すのよ?」
「あれは最低だった」
俺らの語る思い出話にリサも顔をしかめる。
「さっちゃんらしいというか、何というか」
「しかもあの子1年間私たちにもそういう本性みたいの見せないでたから大慌てよ。そんなことをするようなタイプじゃないって思ってたし」
逆に彼女のそういったところしか知らないのであろうリサが「猫を被ったさっちゃん……?」と首を傾げる。
「おとなしいけどたまに毒吐くタイプのいい子。ちょっと変わった優等生くらいにしか見えなかったから」
麟の語る1年目の笹野評は的を得ており俺もその言葉に同意の意味を込めて頷く。
「おとなしいさっちゃん……?」
どんどんと眉間に皺を寄せ始めるリサに「今の笹野を知るとおとなしい笹野とか気持ち悪いだけだけどなー」と俺は笑う。
「でも、今回はちょっとくらい相談してほしかったな」
ポツリとこぼした言葉に「そうよね」と麟も同意をする。
笹野と出会ってそろそろ十年にもなるのに、やっぱり俺たちは何も相談されずにただ事実だけを受け入れさせられる側にしか居ないことを痛感する。
「仕事辞めようかなーとか、仕事辞めたら旅行でもしようかなー、とかさ、そういう一言くらい言ってほしかったな、って」
ウイスキーの残りを喉に流し込めば、リサが溶けた氷だけになったグラスに新しい氷とウイスキーを注いでくれる。
「それは俺もわかる。何も言われないって、キツいよな」
そういって何か陰りを含んだ笑みを一瞬見せたリサは、すぐにいつもの軽薄な笑みを見せながら「今日は飲めよ、どうせ明日休みなんだろ?」とウイスキーと氷に満たされたグラスを勧める。
「そうだな」
俺も取り繕うように笑って見せて、そのグラスの中身を喉の奥へと流し込むのだ。
笹野と俺たちの関係の行き着く先はどこになるのだろうか。そんなことを考えて、ふと、背筋が寒くなる。
「こんなノリでさ、死んだとか聞かされたらたまったもんじゃないな」
その言葉は口から出てしまったらしく、二人も神妙な顔つきになり「あり得るから怖い」と二人分の声が投げかけられた。
もし、突然彼女の死を知らされてしまったら。そんな悪い想像が現実のものとなった時、俺はその事実を受け止めることができるのだろうか。そう考えて、コンマ1秒で無理だという判断を下した俺の脳味噌は優秀だ。そう、きっと無理だ。そうならないためには、とグラスを開けながら考えて、俺が下した判断は、近くにいればいいという至極シンプルなものだった。

「なぁ、麟」
その答えが見えた俺は、カウンターの向こうの親友に声をかける。「何よ、神妙な顔して」と麟は笑うが、続けた俺の言葉に目を剥く事になる。

「笹野の指輪のサイズって知ってる?左手薬指」

 

 

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笹野の知らぬ間に舞島夫婦になるための布石が打たれるやつ

 

| 21:59 | 飲んで喚いて呑まれて飲んで。 | comments(0) | - | posted by 狭山 |
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