Untitled.短文保管庫。
最近は殆どがこっちの更新です。

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その音を、聞かせて。

01:Left Alone

その人は、決まって金曜の4講終わりには部室に居る。もっと詳しく言うならば部室に置かれたアップライトピアノの前。其処がその人の定位置で。それは俺がこの部に入る前から暗黙の了解となっているらしく、この部に籍を置くピアノ弾きは金曜は部室にピアノを弾きにくる事がない。その人のピアノの音色を聴きに来たり、他の部員と話に来たり、若しくは呑みの集合場所として使われる時に顔を出す事はあっても、だ。
そもそも、金曜は部の活動日ではないというのもあるがーー4講終わりに部室に顔をだせば大抵誰かが居るこの部に活動日などあってないようなものなのだけれど。
 
俺がそんな、部長であるサツキさんの言葉を借りるならば「ここのヌシ」であるところのその人ーーツカサさんに出逢ってから二度目の春が来た。
 
ツカサさんは基本的に金曜以外には此処に顔を出さず、他の曜日に来る事は稀だ。金曜に部室にくる事がない同期はツカサさんが気紛れにふらりとセッションに顔を出した時にその存在を認知した位で。しかもそれは秋の事だったような気がする。ピアノ弾きの同期がツカサさんの演奏を聴いて「何処の大学の人だろう」と言い出したのには流石に噴き出すのを堪えることが出来なかった。
ツカサさんが金曜の部室でいつもピアノを弾いているかと言えばそうでも無く、確かにピアノを弾いている率は高いけれどただ其処で文庫本を開いている時もあれば、何もせず座っているだけの日もある。まるで金曜日の部室居る事それ自体が重要であるかのように。
喪に服しているかのようにどんな季節でも露出の低い真っ黒な服に身を包み、伏せられがちの目は表情をあまり変える事がなく。口数も多くはない。所謂「取っ付き難い」タイプに分類されるツカサさんが気になって仕方が無いのはきっと、最初に部室に足を踏み入れたあの日に聴いた爽やかで明るいようでいて、どこか切なく淋しいあの音色を聴いた所為だ。
 
ツカサさんが必ず居る金曜目掛けて部室に足繁く通いはじめて一年が経つと言うのに、俺とツカサさんの距離は縮まる事もなく、只々ツカサさんのそばに居る、そしてその音を聴く。そんなことしか出来ずにいた。
折角部室に居るのだから、と部室に置かれている既に卒業しているらしいベース弾きの先輩がそのままにしていったといいうジャズベースに関する理論書をゆっくりと繰る。そうやって書かれている内容を脳内に反芻しながら、読み進めていれば、低く響き始めるピアノの音。去年の俺であればタイトルまでは分からなかったであろう聴き覚えのある曲、今ならすぐに解る。そして、その曲の背景と、その歌詞も。ツカサさんが好んで弾く曲のひとつであるその曲は、哀しく、そして淋しく、俺とツカサさんだけしかいない部室に響いていた。
 
「あなたは、ずっとそうやって一人きりだと、哀しく呟いてるつもりなんですか……」

ピアノの音を邪魔しないように、呟いたその声はその殆どが息で、今日も“私は独りきりだ”と哀しく奏でるツカサさんに届く事はなかったし、届くように呟く勇気もなかった。

――――――――――――――――――――

"その音"二曲目。
気付いたらハルナくんの独白になってた。そしていきなり前回から一年経ってた。
ツカサさんの同期出そうとしたのに出て来なかった………同期さんはよ……

***

Left Alone / Billie Holiday・Mal Waldron
『私は独りきりで、取り残されてしまった』
 
| 20:35 | その音を、聞かせて。 | comments(0) | - | posted by 狭山 |
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