Untitled.短文保管庫。
最近は殆どがこっちの更新です。

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どうか心にぬくもりを。
 
「お疲れさん」
終業後、タバコを吸ってから帰ろうと喫煙所のベンチに座った私に、後から入ってきた私のOJTを担当する先輩はそう言って私の隣に座る。
「お疲れさまです」
頭を下げて、そう返せばふと思い立ったように「瑞原さんは紅茶とコーヒーならどっち派?」と訊ねてきて。その唐突な質問に「コーヒーですかね」と真意も分からず返せば。「ちょっと待ってて」と立ち上がる。ヒールをカツリと鳴らしながら颯爽と喫煙所を出て行くその後ろ姿を疑問しか持てずに彼女を見送れば、1分も経たずに同じようにヒールを打ち鳴らしつつ彼女は戻ってくる。手には2本の缶を持って。
「瑞原さん頑張ってるから、そこの自販機のだけどさ。どうぞ」
彼女はそう言って2本の缶のうちのひとつを私に差し出すのだ。「有難うございます」とその缶を受け取れば、気温が上がってきた季節だというのに缶は暖まっているものだった。カフォオレと書かれたその缶を受け取りながらその温度に疑問を抱けば、「どんな季節でもあったかいもの入れないと気持ち弱ってる時はうっかり死にかねないから」と小さく笑う。恐らく入社してまだ3ヶ月も経っていない私を心配してくれているのだろう。そんなに弱ったように見えていたのか。なんて思いつつも、目まぐるしい新生活に少しだけ疲れてしまっていた私は、何年も前に同じように声をかけてきた人の事を思い出してしまった。

「君、大丈夫か? 散歩とかではなさそうだけど」
私がまだ高校生だった時代。進路に悩んでいたその頃、何となく家に帰るのも嫌になって私の通学路でもあった海岸線の歩道に自転車だけ停めて、海岸で沈み切った夕陽が残した薄明の空を眺めていた時の事だった。ここ数日同じように夕焼け空を見ていたのだけれど、その日に限ってそう声を掛けてきたのは吸いかけらしいタバコを手にした見知らぬ男性。怪訝な視線を送ってしまったのだろう、彼を見ていた私に、彼は「不審人物ではないから安心して」と何かのカードを見せる。それは私の通う高校の系列大学の職員証で、目の前に居る彼と同じ男の顔写真と高師駿馬という名が入ったものだった。「たかつかさ、さん」珍しい筈なのにどこかで見たような気がするその名字を、カードに振られた仮名を読み上げ彼の名を確認すれば、彼は煙を吐きながら「駿馬で良いよ」と笑う。
「ええと、駿馬さん。この状況がまず私には飲み込めてないのですが」
「うん、俺も思わず声かけちゃったから。だから不審者じゃないって。ウチの付属の生徒っぽい子が夕焼け空見ながら何かもう今にも海に飛び込みそうな顔してたら誰だって気になるだろ」
そう言われてしまうと、そうかもしれない。と納得する。ただ、海に飛び込みそうな顔というのは心外だ。そんなに危ないように見えたのだろうか。
「そんなに危ない人間に見えましたか」
「見えた見えた。めちゃくちゃ思いつめた社畜みたいだった。ホームで衝動的に飛び込むタイプの。何を悩んでるかは知らないけれど、高校生の頃からそんなに思い詰めてたらうっかりで死ぬぞ」
マジで。気付いたら衝動的にうっかり死んでたとか死んでも死にきれないだろ。と駿馬さんは一人でそんな事を捲し立てて私の腕を掴み、そのまま私を引っ張る。
「え、ちょ、何なんですか」
「ウチ、近くなんだ。夕飯食って行きな。あ、君の家に夕飯用意されてる?」
行き成りすぎるその行動についていけない私は思わず「夕飯は買って帰るつもりですけど」と口にしてしまう。両親は仕事で忙しく家には帰ってきてないだろうし、兄も恐らく適当に食事を済ませている。コンビニ弁当で済ませるか、そうでなければ適当な菓子で済ませる夕飯事情は彼に言う必要もないだろう。けれど、買って帰るの一言で駿馬さんは「どうせコンビニ弁当とかになるんならウチで食って行きなって。同居人が2人居るから3人分も4人分も変わらんから」とどんどん話を進めていくし、私の腕を掴んだままにずんずんと歩を進めていくのだ。その手を振り払おうと思えば振り払えたし、蹴り上げようと思えばそれもまた可能だっただろう。私も何だか面倒になってしまったのだ。そのままなるようになれ。とそのまま引きずられるように歩いて5分もしないこの辺りでは大きい部類に入る純日本家屋に引きずり込まれたのだ。ただ、そこの表札には高師なんてものの表示はなくて、その代りに瀬波という墨痕鮮やかな表札が掲げられていた。
居間に私を座らせるや否や、「君ね、若いからって適当なメシ食ってると本当うっかりで死ぬからな。気持ちが弱ってる時に空腹とかそれだけでうっかり死にかねねぇんだから。あったかいモン食え。とりあえずメシを、食え」と高らかに言い放ち、同居人もそろそろ帰ってくるから寛いどいて。と重ねて居間から姿を消したのだ。

そんな事を、思わず思い出していれば、缶を開けるでもなくタバコを吸うでも無い私をどうしたんだと言いたげに見る先輩の視線を感じた。「あ、いただきます」現実に意識を戻した私は彼女にそう告げ、少しだけぬるくなったようなカフェオレのプルタブを開けて同時にタバコを取り出す。
「どーぞ」
私がぼんやりしている間に吸い始めたのだろう、煙を立ち昇らせるタバコを片手にそう告げて笑った彼女が、あの時の彼に重なった。


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セナさんと笹野は似ているか問題。


 
| 21:32 | うちの子クロスオーバー | comments(0) | - | posted by 狭山 |
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