Untitled.短文保管庫。
最近は殆どがこっちの更新です。

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想い出の曲をきみと。
 
午後の光に満たされるリビングで、ふと耳に入ってきたのは、きらきらとした懐かしい金属音。懐かしさに引き寄せられて、その音がする方向に向かえば、懐かしいものを引っ張りだしてきたらしい娘の姿。幼稚園に行く前に目敏く見つけてきたその箱を離さないままに家を出ようとしたのを慌てて取り上げて幼稚園へ送り出せば、帰ってきてから一目散に、それこそ着替えもしないで箱を開いて見つめている。私の耳に入ってきた金属音の音源はその箱の中だと言うのを私は知っている。そう言えば、これを貰ったのは10年近く前の今日だったか。とカレンダーを見て思い出す。カレンダーの今日の項目には夫による「圭子さん」の文字と簡単なケーキのイラスト。子供達の誕生日にも同じような文字とイラストが踊り、夫の欄だけは私の文字で同じ事が書かれている。誕生日以外にも、チラホラとカレンダーに夫の手で文字が書き込まれているのは、あの人が意外にもイベント事が好きだという事実が関係している。
娘の手によって久々にゼンマイが巻かれたオルゴールが奏でるのはドビュッシーの月の光。私と飛鳥くんの思い出が詰まった曲。
「きれいな曲だねぇ」
のんびりとそう言った娘に、「ドビュッシーの月の光って曲だよ」と教えて、CD棚からCDを取り出し、プレイヤーにセットする。流れるのは勿論、飛鳥くんの弾く月の光。そうしてやれば、彼女は「おなじ曲!」と嬉しそうに声を上げる。
「このオルゴールはね、ずいぶん前に飛鳥くんが誕生日プレゼントにくれたオルゴールなんだよ」と言いながら、私はその頃の記憶を思い起こした。

結婚の挨拶を終えて「折角だから観光したいなぁ」なんて言い出した飛鳥くんを連れ出したのは、地元から少し離れた隣の市にある観光地。地元にも観光地はいっぱいあれど、個人的に好きな場所がこっちだっただけという理由だったけれど、彼は私の好きなところというリクエストを出したからという理由だけで私はここを選んだのだ。その日は丁度私の誕生日で、ついでに言えば彼の誕生日も同月中にあったことからこの観光地で誕生日プレゼントを見繕おうとどちらとも無く言い出した私たちは観光地のガラス工房やお土産売場を冷やかして回っていた。私は彼が釘付けになっていたガラスペンを贈り、彼がオルゴールショップでこのオルゴールを見つけたのだ。見つけたというよりも、探し出したと言った方が正解か。オルゴールショップに入るや否や店員さんを捕まえて話し込んで居たと思えば、慌てて店員さんが奥に引っ込むわ飛鳥くんはニコニコ笑ってるわその数十分後にはびっくりする金額の高級オルゴールが私の手の中に納まっているわで正直肝が冷えた記憶がある。それでも思い出の曲が鳴るそのオルゴールはとても嬉しかったし、値段は見ない事にしようと心に決めた。そういう事もあって、大事に保管していたその箱を娘に幼稚園に持って行かれそうになればそりゃぁ慌てる。家でゼンマイ巻いて聴いてるレベルなら問題なし。とそこだけは念を押して彼女に覚えさせておかねば、と心に決める。

飛鳥くんの弾く月の光をリピート再生しながらも、娘に昔話を聞かせていれば、「ドビュッシーが聴こえてきたから、圭子さんだと思ったらおれだったかぁ」なんて言いながら片手には花束、もう片手では小学校から帰ってきたらしい息子を連れてリビングに顔を出してきたのは夫である飛鳥くん。テーブルの上に置かれている箱を見つけて「懐かしいね」と笑う。
「早かったね、もっと遅くなるかと思った」
「大事な奥さんの誕生日だからね、仕事はさっさと切り上げるよ」
そもそも今日は急な取材だったしね、とオフにする気満々だった飛鳥くんは面白くなさそうにそう付け加えてから、昔から変わらないふにゃりとした笑みを見せ、彼は口を開く。
「改めまして圭子さん、誕生日おめでとう」と。


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月の光に纏わる片ミケ話は萌える以外の何者でもない。

 
| 20:14 | Pianoforte. | comments(0) | - | posted by 狭山 |
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