Untitled.短文保管庫。
最近は殆どがこっちの更新です。

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きみに珈琲を
 
昼下がりの喫茶店のカウンターの端でノートパソコンを開きタバコとコーヒーをお供に仕事を捌いていれば、左側からずっと聞こえてくるのは、嫌みったらしい男と困惑したような女の子、二人分の声。5分間我慢し、どうにも終わりが見えなさそうだと判断した私は、灰皿に苛付きと共にぐしゃりとタバコを押しつけて、口を開く。
「あのさぁ、さっきからうるっせぇんだよ、オネーチャン困ってるだろうが」
普段からの口の悪さを隠すことなくそう告げれば、男はこっちを見遣り、睨みつけてくる。
「あぁ?こっちは気分良く口説いてる最中なんだけど、じゃましないでくれるか?オバサン」
「てめぇが気分良くても、口説かれてる相手は気分良かねぇだろ、そんな様子じゃぁなぁ」
ハラハラと見守るカウンターの向こうの店長に手出し無用、と目で制し、「つうか、この店は女の子口説くような店じゃねぇんだ、女口説きてぇなら飲み屋のネーチャン口説いてろ」てめぇみたいのはどうせ相手にされねぇだろうがなと煽れば、男は真っ赤な顔で私の着ているワイシャツの胸元を掴みあげる。
「言葉で返せなくなったらすぐ暴力か、屑だな」
「てめぇ殴られてぇのかよ!」
「殴られたら診断書取って警察行くんでお好きにどうぞ?」
再び言葉に詰まった男の手を軽く払い、イスに掛けてあったジャケットから、中小企業ながら地元では名のしれた企業が印字された名詞を取り出し男に突きつける。
「文句はここで聞こうか。てめぇみたいな屑男、ウチの系列店で二度と女口説けると思うんじゃねぇぞ」
男をそのまま、店の外へと追い出し、スッキリした気分で店に戻れば、一部始終を見ていたらしい常連の老紳士から「舞島さんは相変わらずだねぇ」と笑われる。「すみません、お見苦しいところをお見せしてしまって」と謝りながら席に戻り、店長には「塩撒いとけ、塩」と笑う。「あと、今居たお客様方にコーヒー一杯サービスしてコーヒー苦手と申し出た方には紅茶でも。私のポケットマネーで出すから」そう重ねれば、店長は店員何人かに指示を出し、
「ゴチになります」と笑う。
「オイ、何でお前にまで奢らにゃならん」
そんな話を店長と交わし終えれば、「あの」と少女の声が聞こえた。少女というには少し大人だろうか、高校生か、大学生か。彼女は「ありがとうございました」と私に頭を下げる。「いくら断っても分かってもらえなくて……」と困ったようにはにかみながら。
「ああ言う手合いは蹴り出す位しなきゃ分からないからね、下手に手をだしちゃダメだよ。次絡まれたら逃げときなさい」
そう笑ってやれば、「はい」と笑顔を見せてくれる。
「あと、ここの代金、私に持たせてもらっていいかな?」
元々そのつもりだったが、話しかけられたのだ、一応提案の形で彼女にそう告げると、「それは」と断られ掛ける。
「ここの店、私の勤めている会社の店なの。いやな気分させちゃったから、サービスさせて?」
ね?と微笑み掛ければ「ありがとうございます」と頭を下げられる。
「だから、この店嫌いにならずに、また来てもらえると嬉しいな。今度あなたが来るまでにはここの店長や店員がああいう男、追い払えるようにしっかり教育しておくから」
会社近いから私もよく来るしね。と加えながら告げれば、彼女は「それは勿論!」と笑みを見せる。
「パパも好きそうなお店だなぁ、って思ってたんで、今度はパパも連れて来ますね!」そこまで言って彼女はあっ、と思い出したかのように声を上げ、言葉を続ける。
「パパにお姉さんの事、紹介したいんですけど良いですか?助けてくれた方なので!今度連れてきますね!」
名案!とでも言いたげにパッと目を輝かせる彼女に、「そんなことしなくても良いのに」と思わず声を漏らす。
「まぁ、ウチの店としては売り上げに貢献してもらえるのは有り難い事だから嬉しいんだけど」
そう返せば、彼女は破顔し、「じゃぁ決まりですね!」と楽しそうに声を上げる。
「ウチのパパ、片桐飛鳥っていうピアニストなんですけど、知ってます?」
重ねて告げられたその名前に、私は言葉を失う。片桐飛鳥といえば、数十年前にデビューしたピアニストで、最近は邦楽の分野でもよく名前を見る音楽業界の有名人だ。ちなみに、殆ど聞き専ながらも音楽好きな私は、デビュー当時から彼のアルバムを買い続けているファンである。この店にも彼のアルバムがすべて揃っているのは完全なる私の趣味だというのは店長と社長周辺にしか知られていない秘密だ。おそらく公然の秘密と化しているんだろうけれど。
呆然としている間に意外と積極的だった彼女によってメールアドレスの交換を済ませてしまい、彼女はメールしますね!と言いながら店を後にした。

「流される舞島さんとか超貴重ッスね」
からかう口調でそう告げる店長に、「バカ言うな、私は元々流されやすいタイプだ」と返すのが、その時の私の精一杯だった。

その数日後に本当に彼女からメールが届いてしまって右往左往してしまうという事を、その時の私はまだ知らない。


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この時点でこいつら名乗り合ってないからアドレス帳で名前を知るパターン。




 
| 08:05 | うちの子クロスオーバー | comments(0) | - | posted by 狭山 |
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