Untitled.短文保管庫。
最近は殆どがこっちの更新です。

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とある冬の日の、

 幼い頃から、ボクはクリスマスが苦手な子供だった。何故かは分からなかったけれど、その頃のボクは普段は家に寄り付こうともしない両親が家にいるという居心地の悪さと母が無駄と断じてしまいたい程に異母兄とボクに差をつけてみせようとしていたからだと思っていた。確かにそれは当時のボクにとって嫌な記憶であったし、居心地が悪い空間だった。最終的に兄――トキは家を出て両親が家を出るまで帰ってこなかったし、ボクはそんな家の中で両親――とりわけ母の期待を感じながら全てを笑顔で取り繕う事が大嫌いだったのだ。けれど、クリスマスが苦手なのはそれだけではないという事をボクはここ数年で何となく感じている。
「どうした?」
 電飾がそこかしこで光り輝く冬の広場でカップ片手にそう声を落とすのはボクよりも頭ひとつ以上背の高いアジア系の男――ボクの恋人で。先ほど彼の手によってボクの手にも握らされているカップは、ほのかに湯気を立てていた。この時期になると恋しくなるグリューワインを片手に寒空の下ボク達は数ヶ月前に越してきたこの街の広場で行われているクリスマスマーケットに訪れていた。ゲブランテマンデルンの香ばしい香りが漂い、人々の活気に溢れるこの場所でぼんやりとしていたボクを気遣うかのようにシュンメはボクに視線を落とし気遣わしげに首を傾げるのだ。「ヴィン、お前この時期やっぱり調子悪いのか?」重ねられた言葉に小さく首を振り、「だいじょうぶ」と返しながらグリューワインを少しだけ啜る。熱せられたアルコールの甘みとスパイスが口の中に広がった。「やっぱり寒いなって思って」言い訳のように言葉を重ねてわざとらしくない程度の笑みを浮かべれば、彼は「去年の冬は日本だったもんな」と笑う。シュンメになら、何を話してもそれを受け止めてくれる事は分かっていたしそれに甘えている自覚もあった。けれど、意味もなくこの時期が苦手な理由を言語化する術をボクは持ち合わせていなかった。
「しっかし、やっぱり本場はすごいな。来年も来ような」
 ま、その前にあと何回かは今年も来たいけど。と笑うシュンメは煌びやかな電飾の中で、一番に輝いていた。そんな彼の言葉に今度は作った笑みではなく、心からの笑みで「そうだね」とボクも笑ったのだ。彼が隣にいるのなら、何も怖くはなかったから。
 
      ☆  ☆
 
 あの冬から、一体何度冬を越えただろう。きっと十にも満たない数だ。この街に住んで幾度目かの冬、あの日を思い出したのはきっと今年も変わらずに輝く広場に足を踏み入れたからだ。広場で行われるクリスマスマーケットは今年も何も変わらずに賑やかさで溢れている。変わったのは、ボクの方だから。去年までボクの隣に立っていた男の姿はどこを探してももう居ない。ボクが認識できる事実は、それだけだった。そして、昔からクリスマスが嫌いだった理由も、ボクは知ってしまった。知りたくなんて、なかったのに。
「ごめん、大丈夫?」
 気遣わしげに声をかける隣の人影は彼のようにボクよりも背の高い男ではなく、ボクの目線と変わらない位の位置から少しだけ気まずそうに視線を投げる。数年前、数ヶ月間だけ交流を持ったその人物は、家族を放ってボクの隣に立って居た。何年も前に数ヶ月間だけこの地で生活し、一度だけ彼女の住む地へボクらが行った。たまにメールのやり取りはして居たけれど、言ってしまえばそれだけの関係だ。けれど、ボクも彼女もそれだけの関係ではなかった。会う事は少なくとも、交流は短くとも、ボクも彼女もきっと互いに互いが最大の理解者である事を心のどこかで知っていたのだから。
「ん、へーきだよ。それより、グリューワイン飲もうよ。で、ゲブランテマンデルン買って家で食べよ?」
 そう言って無理やりに笑みを作れば、聡い彼女はボクの笑みが取り繕った事に気付く。それでも彼女はそれを追求する事はなく笑って「いいね、アーモンドのやつでしょ? 地元のクリスマス市でも売ってて楽しみにしてたな」と返してくれる。数ヶ月前にシュンメが居なくなったという事をボクの同僚であり彼女の親戚である男を通じて最近知ったという彼女は、夫と子供を日本に置いて殆ど身ひとつで十数時間をかけてこの地に降りたった。これが数日前のことで。それから彼女はあくまでも自分が観光をしたいという身勝手をわざとらしく振りかざしてボクを外に連れ出している。それが彼女なりの優しさという事は知っている。彼女は一人でなんでも出来る人だから、本当に観光がしたいのであれば一人であっちこっち見て回るだろう。それに、本当にボクが行きたがらなければ家の中で気ままに過ごしている。ただし、ボクを一人にしないようにしながら。数年前に数ヶ月だけ交流を持って、その後に一度だけ会って、そのほかはたまにメールでのやり取り。あぁ、数年ぶりに顔を合わせたあの夜に一度だけ関係を持った。並べてしまえばそれだけで終わってしまう彼女との関係。それなのに、彼女はボクをシュンメと同じくらいに気かけてくれて、ボクもそれに居心地の悪さを感じる事はない。そんな彼女は今、ボクの――ボクとシュンメの暮らした家で寝起きをしている。彼女との関係をボクは言語化できない。そして、クリスマスが嫌いな理由も、彼女に伝える事は出来なかった。
 それは、喪失感への恐怖だったのだ。シュンメが死んでようやく理解したその感情は、シュンメと出逢う前から確かにあったのだ。それはきっと魂というものがあれば、そこに刻みつけられた恐怖だった。そんな事を言ってもきっと誰も理解はしてくれない。隣でグリューワインを啜る彼女であれば、もしかすると彼女なりにそれを受け止めてくれるかもしれない。「まぁ、そういうこともあるでしょ」と口端だけで笑いながらビールを飲む彼女の姿が脳裏を過る。それでも、やっぱり今のボクには彼女にそれを告げる事は出来なかった。
「ヴィン、せっかくのホットワインが冷めるよ?」
「リツ、早くゲブランテマンデルン食べたいからって急かしてる?」
 今度は気遣う声色ではなく、普段と変わらない声色で彼女の声が投げられる。そんな彼女にボクは不満を滲ませた声色で言葉を返せば、彼女はあっけらかんと「バレたか」と笑うのだ。シュンメが死んでから今まで、面倒くさい同情といらない気遣いの視線と感情に晒されていたボクには彼女のそんな振る舞いが丁度よかった。だから、ボクは冷めてしまったワインを一気に呷り、その言葉を口にしてしまったのだ。


「ねぇ、リツ。お願いがあるんだけど。リツにしか頼む人がいないんだ」
 その言葉は、今の時代に許されるものではない事は知っていた。けれど、ボクはそれを口にした。世界でただ一人の理解者を、共犯者に仕立て上げる言葉を。そんなボクの言葉に、彼女はボクからカップを取り上げて彼女自身が持っていたカップに少し残ったワインを喉へと流し込む。
「じゃぁそのお願いの先払いでアーモンドを大量に買ってもらおうか?」
 彼女の答えはきっと決まっている。そういう人だ。内容も聞かずに遠回しのイエスを聞いたボクは、「それで引き受けてくれるなら。内容聞かなくてもいいの?」と返す。そんなボクの言葉に「ヴィンが死なないなら、何でもいい」と彼女は笑った。

 

 

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来年に向けての布石。

セナヴィンもいいけどヴィンと笹野もよいぞ。

 

 

| 22:04 | Unser Haus! | comments(0) | - | posted by 狭山 |
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