Untitled.短文保管庫。
最近は殆どがこっちの更新です。

| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK |
| CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE | OTHERS |
光の輝きをきみと。

「お待たせしました!」
 イルミネーションの光が輝く中を息せき切って走って来る彼に、「ゆっくりでよかったのに」と告げれば彼は上がった息を整えながらも「少しでも早く会いたかったんで」と屈託のない笑みを輝かせるのだ。それは、この街のイルミネーションのどの電飾よりも輝いているように見えた。
 
 何故、こんな事になっているのかを説明するには少し時間を遡らなければならない。とある切っ掛けで交際をしていた俺と大学生であるユウキくんはクリスマスから年始にかけてとんでもなく忙しかった。どちらかと言えば、主に俺が。この時期はクリスマスだ大晦日だと至る所から仕事が舞い込んでくるのだ。それを事前に彼に伝えれば「俺も学校が休みに入ったらまた帰省しないとなんですよ」と少しほっとしたような、悔しいような顔で彼は答えた。何でも長らく内縁関係だった彼の母とそのパートナーが結婚をした上、そのパートナーの息子――ユウキくんにとっては義理の兄の夫婦に子供が生まていたのだそうで。「流石に帰らないと母親はともかく圭兄……義理の兄がうるさいンで」と苦笑交じりで、しかし満更でもなさそうに彼は言葉を重ねた。そんな彼はお土産沢山買ってきますと言い、大学が休みに入ったその日の夜に彼の家族が住む北の大地へと飛んで行ったのだ。俺は彼へジンギスカンキャラメルだけは買ってこない様にと厳命した。
 
 ――それが数日前の話。そして昨日、予期せぬ出来事が起きたのだ。
「南海君ごめん!」
 出社をして第一声、先輩でもある勤め先の社長が俺の姿を見るや否や両手をパチンと合わせて叫ぶ。いつも穏やかな彼にしては珍しいその慌て切ったその姿に何が起こったのかと身構えれば彼は「あのバカがやりやがって」と言葉を続ける。彼がこの会社でバカと呼ぶ相手は一人しかいない。彼の右腕であり、この工房の一番の腕利きであり、俺の先輩でもある副社長で。何があったのかと更に身構えれば「風邪薬で耳やられたと。この年末年始はアイツは使い物にならないと思ってくれていい」との言葉。確か、何かの薬の副作用で聴覚異常が出る薬があったのだったか。そしてその現実を突きつけられて背筋が凍る。
「ってことは、副社長が出る筈だった依頼は……」
「他の所に振れる奴は振った。昨日の夜にアイツがすぐ気づいたのが不幸中の幸いだな……でも、一つだけ他に振れない得意先があってな……事情を話して仕方がないとは言ってくれたんだが、南海君を指名してきたんだ」
 言い難そうにそう告げた社長に、成程出社第一声の謝罪はそういう事か。「いつ、どこの依頼ですか」そう問えば彼が答えるのは北の大地の百九十万都市。しかも明日。そしてその指名をしてきた顧客はこの工房の得意先でもある著名なピアニストであった。元々副社長が日帰りで行くという予定だったのが、今回こんな事になってしまったから、と少しだけ余裕をくれて1泊の日程を組んでくれた。航空券も取れたというのだから社長の手の回し方の速さが伺える。しかも仕事が終わればゆっくり観光しても良いというお達し付きで。その日は自分に割り振られた仕事を片付け、急いで家に帰り一泊二日の荷造りを簡単にし、恐らく早朝便しか取れなかったのだろう。翌朝の早朝便に間に合うように今夜のうちに家を出た。
 
 そんな慌ただしく北の大地に降り立った俺は、目的の市に着いてすぐに自分の服装を後悔した。主に靴の裏を。寒いのは分かり切っていたからコートもマフラーも手袋も準備してきていたが、靴の裏までは考えていなかった。いつも履いている革靴をそのまま履いてきたもんだから、とんでもなく滑る。急いで近くの店で着脱式のすべり止めを買って、市内のコンサートホールに向かう。旅の荷物もそのままに、今日のコンサートで使うピアノの調律をこなして仕事を終えればあとは自由時間だ。チェックイン時間にはまだ早い時間、ホテル近くの喫茶店でふと思う。そういえば、ユウキくんはこの市内に住んでいたのだったか。少しだけ悪戯心が芽生えた俺はある事を心の中でだけひっそりと決めた。その決意を胸に、チェックイン時刻になったホテルへ向かい、すこしだけ休憩してから日が落ちはじめ、光り輝き始めた街中へと繰り出したのだ。
 その悪戯は、結果的には大成功だったようで、その悪戯のメールを送った次の瞬間には俺の携帯が鳴る。画面にはユウキくんの名前が点灯して、笑いを噛み殺しながら「もしもし」と出れば「そこから動かないでください!」と悲鳴のような叫び声が飛んでくるのだ。そして、今に至る。
 
「ホント、驚いたんデスよ? 『今どこにいると思う?』って言ってテレビ塔の写真送ってくるんですもん」
「ごめんね、昨日急遽出張が決まってついでに一泊して良いって言われてさ」
 恨みがましく視線を送る彼に、今回の悪戯の原因を話して聞かせれば彼は「あちゃー」とでも言いたいような表情になる。「で、仕事も終わったし落ち着いて考えたらそう言えばユウキくんもこっちに来てたんだよなって思ってつい、ね」そう言葉を重ねれば、彼は柔らかく表情を崩して「そんな風に思ってもらえて嬉しいです」と微笑むのだ。
「それに、ここのイルミネーションは明後日、クリスマスマーケットは明日までなんですよ。南海さんと一緒に見れて良かった」
 素直にそんな事を言う青年に、胸がこそばゆくなる。
「そうだね、俺もユウキくんと見れて良かった」
 愛の言葉は恥ずかしくて囁けない。だから、今夜はこれで許してもらいたい。そんな気持ちを込めながら、俺は彼にそう告げたのだ。

 

 

——————————————————

 

 

PianoForte.も本編出したし、そろそろくっ付いたあとの二人の直接的な話を書いても良いかなって。

結城と南海ちゃんがサッポロシティーのイルミネーション見るネタは6年程温めてたので満を持して感がすごい。

 

 

| 18:31 | Pianoforte. | comments(0) | - | posted by 狭山 |
Comment








<< NEW | TOP | OLD>>