Untitled.短文保管庫。
最近は殆どがこっちの更新です。

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Let's look at the new world ! : 16

 モラトリアムは無限ではない。それは終わりを迎えるべくして存在している期間だ。今日、私は現実へと戻らなければいけない。
 
「ごめんね、送っていけなくて」
 電話の向こうでサトシさんは申し訳なさそうな声で私へと謝り続ける。そもそも、宿を提供してもらえただけで儲けもんなのだ、彼へ「気にしないでよ。セナくんとヴィンが送ってくれるっていうし、何故かサトシさんの彼氏も居るけど」と告げれば「まだ諦めてなかったんだ」と笑みを含んだ声が返って来る。まだ諦めていなかった、というのは恐らく私へのヘッドハンティングだろう。何度断っても彼は私に「一緒に働こう」と壊れたオーディオのように告げ続けるのだ。呆れを通り越していっそ関心するくらいに。
「あ、鍵はエルマーに預けてくれればいいから」
 サトシさんの思い出したかのように告げられた言葉に「わかった」と答え、電話は途切れるのだ。彼は時折日本に来るし、一生会えなくなる訳ではないだろう。少しだけ感傷的になっていれば、ドアベルを鳴らす音が居間に響く。
「はーいよ」
 元々半分程度空にして持ってきたスーツケースは、国内移動分の衣服と土産物に占められている。増えた服や自分用に買った雑貨は昨日のうちにエコノミー航空便にぶち込んだ。どうせこの後すぐに仕事をする訳でもない。正直に言おう、仕事を辞めた後にハローワークすら行っていない。辛うじて年金と保険と住民票の手続きだけはした。そんな現実を思い出し思わず家のドアを開けながらため息が漏れる。
「人の顔見てため息つかないでよね」
 ドアを開けてすぐに視線が交わったのは一番前に居て、私と背丈も殆ど変わらないヴィン。その後ろにはエルマーと雨宮さんが並び、停めてあるトゥアレグの運転席ではセナくんがこちらへと手を振っていた。
「荷物これだけ?」
 ヴィンの問いに頷き、「他の荷物はSALで送った」と重ねる。そんな私の回答に三人の男はナルホドと頷くのだ。
「ていうか、何故に雨宮さんまで?」
 ふと浮かんだ疑問を口に出しながら家の鍵を掛ければ、彼は「俺は出張。偶然にも同じ便でね」と笑う。
「そういう事ね、あ、エルマー。ハイ」
 日本語のまま雨宮さんの言葉に頷き、エルマーへこの家の鍵を渡す。名前を呼ばれた事は分かったらしい彼は私が差し出した鍵を受け取る。
 途切れ途切れのドイツ語で「サトシさんに渡してくれ」とエルマーへ鍵の処遇を告げれば、口端を上げて笑い、私の頭をくしゃりと撫でる。ぺらぺらと早口のドイツ語を投げかけられてもそれを聞き取れるほどの耳は装備していない。ヴィンに視線を投げれば「いつものヘッドハンティング」と笑いながら告げられる。
「だから断るって言ってるだろう」
 英語でもドイツ語でもなく、日本語で飛び出したその言葉はヴィンにより訳される。玄関前でそんな会話を交わしていれば、「そろそろ行くぞ」と車の中からセナくんが声を掛けるのだ。
 
 車で40分程度の場所にあるその国際空港に車は滑り込んでいく。この空港に来るのも2回目か、と何とも言えない気持ちに息苦しさを感じた。この場所に到着した時とは真逆の、私を待つ現実との対面を控えているせいだ。これから半日以上の空の旅を経て、私は日本に戻らなければいけない。それがどうしても嫌だといって、エルマーの申し出を受け入れる事はしたくはない。そうなればもう、私には帰るしか道は残されていないのだ。
「また、いつでもおいでな」
 荷物を預け終わった私にセナくんはそう言って笑う。そんな隣でヴィンが「今度はボクらがあそびに行くよ!」と笑みを深めて告げるのだ。
「メールするからちゃんと返してよね」
 そんな言葉を重ねるヴィンに「わかってるよ」と返せば、「よろしい」と宗教画の天使のようなうつくしい笑みを浮かべるのだ。
 
「あ、そろそろ行かないとマズいな」
 雨宮さんの声で、私たちは惜しんでいた最後の別れを済ませるのだ。男三人と次々にハグを交わし、彼らの視線を背中で受け止め、雨宮さんの隣を歩く。
 
 こうして私の長く短いモラトリアムは終わりを告げ、現実が待つ日本へと向かう飛行機に乗り込んだのだ。

 

 

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Let's look at the new world! はいったんこれにて完結。

やっと28歳笹野が日本に戻るのでこの後の出来事を書けますね。

 

本筋で書き逃してる小ネタは今後番外編で少しづつ。

 

| 22:52 | うちの子クロスオーバー | comments(0) | - | posted by 狭山 |
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