Untitled.短文保管庫。
最近は殆どがこっちの更新です。

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盾と紳士

コンクリートの灰、スーツの黒、シャツの白――そして、血の赤。
俺の眼に映る世界を鮮やかに染め上げたのは赤。見上げた先には青空がある筈なのに、俺の視覚では灰色に感じていた。その赤は自身から出たものではなく。俺の周りに倒れたスーツの男たちから流れたもので。鮮やかな赤もやがてモノクロの世界に取り込まれてしまう事は俺が一番知っていた。
 
「ごめんな、仕事だったんだ」
絶命した男たちの一人の前に膝を付き、冷えはじめたその身体に手を這わす。勝気な笑みを浮かべていたその頬を、“手荒な”仕事をする為にあったその腕を、跳ぶように走ったその足を。「ごめんな」涙を流す事が出来なくなってどれくらいの時が経ったのだろう。目の前で事切れている――俺が殺した親友を見ても泣けないだなんて、とんだ笑い話だ。“向こう側”に行った親友と何時かはこのような事になると、感じては居たのに俺は何もできなかった。“仕事”を無感動にこなす機械になり下がってしまったからだ。

涙を流せなくなって、何年経ったのだろうか。
心の底から笑みを浮かべる事が出来なくなって、いくつの季節を超えたのだろうか。
怒る事を、悲しむことを、歓ぶ事を、忘れてしまってから何年の歳月が過ぎていったのだろう。
そのツケがこれなのか。事切れた親友の前で無感動にその事実を受け入れる“盾”、それが俺だ。
俺が“盾”となり守った要人――雇い主は、既にこの場所にはいない。
管理者は任務終了後の“盾”の事など気にはしない。
 
「伍(イツ)くん、だったかな」
死体と俺しか居ない空間に静かに闖入してきたのは物静かな老人だった。老人といってもその背はシャンとしており、呆けた様子も無い。“向こう側”特有の空気を馴れたように、アクセサリーの如くさも当たり前であるかのように身に纏う彼は静かに笑みを湛える。耳の奥でチリチリと何かが聞こえる。「何故私の名を」自身の事を口に出す時は努めて私、を使用し、自分を落ちつける。何者か解らぬ男にその名を――職場で名乗っている名ではない方の名を知られている事に少なからず動揺しており、再び俺は男を観察する。上品だが厭味にならない衣服、紳士然とした佇まい、杖、と言うよりもステッキと言った方がしっくりくるような杖。そして彼を取り巻く裏社会特有の雰囲気と空気。老紳士は笑みを湛えたままに言う。「そこに居る彼から君の話はよく聞いていたんだよ」杖で指したのは俺の目の前で事切れている親友で。「陸(ムツ)くんから、よく話を聞いていた。兄弟のように育ったそうだね」その通りだった人間ではなく“盾”としてあらゆる殺人術護衛術その他闘う為の技能を仕込まれながら育った俺や陸は兄弟のように、いつも一緒だったのだ。「……今の名前は硲(ハザマ)です」「盾としての名か?」老紳士の声からは笑みの色が消えない。「感情を失った“機械”に何の用ですか」脳の奥で警鐘が鳴る。伍と言う名を知っているこの男と、これ以上一緒に居てはいけないと。「私の所へ来ないか」男は言葉を続ける。「盾の力が欲しい訳じゃない、私は君が欲しい」有無を言わせない視線が彼から俺へと向けられている。俺は脳内で彼を屠る様をシュミレートする。可能だ――相討ちを覚悟した場合にのみだが。「君に感情をあげるよ、伍くん」その声に肩が震えた。「私のもとへおいで、私は君を人間として扱うよ」親友もこうやって彼に絡め取られたのだろうか。彼の亡骸の隣で俺は、彼の手を、取ってしまった。
 
「さぁ、その端末を外して、君が居た“そちら側”の証を全て此処に置いて」そこまでの覚悟なしに、此方に来ることは許されないよ。あくまで優しく、彼は俺の耳元で囁く。そうすれば君に感情をあげるからね、とまるで甘い毒のように。

だけれども、俺が本当に欲しかったものは感情でも、涙でも、色でも自由でもなく、陸、お前だったんだ。
 
 
—————————-
 
 
泣き方を忘れたボディーガードと紳士的な初老の男が一緒に暮らすまでの話
文のリハビリも兼ねて
 
(tumblrより移植:2012/3/19)

| 20:28 | 突発文 | comments(0) | - | posted by 狭山 |
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