Untitled.短文保管庫。
最近は殆どがこっちの更新です。

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その音を、聞かせて。

02:All Of Me

いつもの金曜日。私はいつも通りにピアノの前を独占していて。私がこの習慣を初めてから、どんどんとこの曜日に顔を見せる人間が少なくなっていったのは申し訳なく思うが、やめられないのだから、仕方が無い。そんな今日の部室には私と、そして入部初日に私と遭遇した運のない後輩の二人だけ。同期に言わせると「ツカサに懐いてる珍しい後輩。」らしいが、懐かれている自覚はないし、お互いに話すこともあまりない所為でこの一年、付かず離れずな距離感を維持している。私はピアノの前に座り、彼は”アイツ”が部室に置いて行ったーー取りに来る事が二度とない為に部の蔵書と化していたーージャズベースの理論書を読んでいる。話すこともなく、居心地は悪くない沈黙の中、互いに互いを気にすることなく。

「ツカサ、生きてるー?」
そんな沈黙を防音扉の開く音と能天気な明るい声で打ち破るのは、とっくに社会人となった同期であるミナト。何だ、と振り向けば、そんな顔すんなよなーなんてまた人好きのする笑顔を浮かべながら
室内へとずんずんと進んでくる。昔から変わらない強引さで私の腕を掴んで後輩に「ハルナちゃん、ツカサ借りてくよー」なんて、相手の返事も聞かず、なすがままにされている私の腕を引き、後輩をそのまま置き去りにして部室を後にするのだ。

「ってことでな、いつまで学生やってるつもりなの」
私とミナトが腰を落ち着けたのは学校から少し離れた国道沿いのファミレス。ミナトの車に乗せられてきた私の目の前にはミニサイズのサラダとビール。車を運転するミナトの前にはハンバーグステーキセットとコーヒー。互いに喫煙者であることを知ってる私たちが座るのは勿論喫煙席で。ミナトが部室に顔を見せ、更に飲み会がないような日は大抵二人でこのファミレスへと足を運ぶーー…もとい連行されてるお陰で、大抵の店員は希望を伝えずとも喫煙席へ案内するようになってしまった。きっと、何年も続けて通ってる所為だろう。私たちがこのファミレスを気に入ってるのは、長居しやすいからという事の他に、店内BGMにスタンダードをかけていることだ。人の意識を邪魔しない程度の音量で静かに流れるその曲は、枯葉。どスタンダードなその曲はシャンソンらしく哀愁のある旋律で。味わいのある低い女の声がガヤガヤとした店内を密かに満たしていた。
「さて、ね。でも、きっと私は社会人にはなれないんだろうな」
ああ、クズすぎて。と納得するように肉を口に運ぶミナトにまぁな、と答えながら私は私で野菜の切れ端を口に運ぶ。合間合間にアルコールを流し込むことも忘れずに。サラダを完食すれば、胸ポケットに突っ込んだままにしていたマッチを取り出し、ポールモールに火を付ける。
「さっきの質問な、学生やってんのはこのまま大学に残れる程度の頭があるから。と、金曜の部室に居たらアイツが迎えに来てくれる気がして、だな」
ものすごい勢いでハンバーグステーキセットを平らげたミナトは奇妙なものを見るような目で、私を見つめる。私は未確認生命体か何かか。
「お前、それ本気で言ってんの?」
店内BGMはあれから数曲変化して、聴き覚えのある、明るいメロディへと変わっていた。
「私は冗談は言わない」
「知ってる。けどな、ツカサ。」
ああ、この曲は、あの曲だ。ミナトの声が店内BGMの奥へと沈んで行く。私の意識は、その曲に引きずりこまれていく。

「ツカサ、現実は、”あれ”からもう5年進んでるんだ」

この曲が明るく歌うように。アイツが居なかったら、私が生きてる意味なんて、無いに等しいというのに。そうぼんやりと想いながら、私はミナトの苦しげに吐き出された言葉を黙殺した。

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ツカサさんは性別不詳です。性別、不詳です。
私の中ですら確定してないので、ツカサさんの性別は日夜変化しています(まがお)
 
***

All Of Me / Gerald Marks・Seymour Simons
『私の心を持って行ったのなら、心以外だって持って行って!』
 
| 20:39 | その音を、聞かせて。 | comments(0) | - | posted by 狭山 |
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