Untitled.短文保管庫。
最近は殆どがこっちの更新です。

| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK |
| CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE | OTHERS |
バースデーソング

「よぉ」
 そう言って高校時代のバンド仲間であり、今をときめくロックバンドのリーダーとなった男は我が家へとやってきた。
 
「よ、リョーマ。久しぶりだなぁ」
 トレードマークの茶髪と赤いメッシュを隠すように被っていた帽子と伊達眼鏡を外しながらリビングに上がった彼は楽しそうな様子も隠す事なくソファですやすやと眠る生まれたばかりの乳幼児を見つめる「この子かぁ」ポツリと呟き赤子に対して愛おしげな笑みを浮かべる彼はソファに座ることはせず、身をかがめたままに赤子を凝視する。その様子がなんだか可笑しくて、笑いながら座る事を勧めれば彼はやっと子供の隣に腰を下ろした。
「あ、お祝いありがとな」
 事前に贈られていたそれに礼を伝えれば「いーよ気にすんなって」と少し照れくさそうに笑うのだ。「あ、コレ明日香ちゃんと食べてよ」と渡される紙袋には有名な洋菓子店の店名が入っていた。「気にしなくていいのに」と笑いながらその袋を受け取れば、キッチンから高校時代の同級生であり妻である明日香が顔を見せる。「あ、リョーマくん久しぶり。こないだはお祝いありがとうねぇ」笑いながらそう告げた言葉に「気にすんなって」と彼は再び照れくさそうに笑うのだ。
「それにしても、子供の名前とか体重とか妙に聞いてくるなと思ったらまさかあんなのが届くとはな」
 そういって揶揄ってやれば「何か驚かせてやりたいって知り合いに相談したら教えてもらったんだよ」となんとも言えない微妙な表情を浮かべて彼自身からの贈り物である棚に飾られたテディベアをちらりと横目で見る。それは体重ベアと言うものらしく、生まれた時の体重を再現したテディベアだった。ご丁寧に出生日時と名前が足の裏に刺繍されたそのテディベアとおむつケーキと呼ばれる紙おむつの詰め合わせが彼からの出産祝いであった。おむつケーキは明日香からのリクエストだったが、それと一緒に大きなテディベアが届いた時は二人で驚き、そして喜んでしまった。子供が大きくなった時に持たせてやろうと、そこまで二人ではしゃいだのはつい数ヶ月前の話だ。パチリ、とソファで寝ていた娘が目を覚まし、リョーマの事をまじまじと不思議なものを見るように見つめる。
 
「よ、初めましてだな」
 楽しそうに笑みを浮かべ赤子の目の前でひらひらと手を振る男が胡散臭かったのか、それとも怖かったのか、見知らぬものをじっと見つめる彼女はふぇ、と声を上げる。人見知りか。泣き出した彼女を抱え上げれば明日香が駆け寄ってくる。俺の腕の中では落ち着かなかったらしい彼女を明日香に渡せば少しだけ泣き声が収まった。娘に振られた俺と娘に泣かれたリョーマは顔を見合わせ苦笑する。「なぁ、ギターあるか?」挑戦的な笑みを浮かべて彼は俺へと問う。「アコギなら」とリビングの端に置いてあるそれを指差せば、彼はソファから腰を上げて「借りるぜ」と不敵な笑みを浮かべてそのネックを掴みポロンと爪弾く。
「お、流石チューニングされてるな」
「どうせ弾くと思ったから用意しておいた」
 リョーマの言葉にそう返せば「分かってらっしゃる」なんて演技がかった調子で口元だけでにやり、と笑う。
 
「半年遅れたけど誕生祝いだ、お前の為に書いたんだぜ」
 明日香に抱かれ落ち着いた娘にそう笑って、彼はそのギターを静かに鳴らし始めた。

——————————————————

 

少し短いけど久々にこっちに。

24歳リョーマと0歳のナツミちゃん。

 

| 21:14 | Pianoforte. | comments(0) | - | posted by 狭山 |
光の輝きをきみと。

「お待たせしました!」
 イルミネーションの光が輝く中を息せき切って走って来る彼に、「ゆっくりでよかったのに」と告げれば彼は上がった息を整えながらも「少しでも早く会いたかったんで」と屈託のない笑みを輝かせるのだ。それは、この街のイルミネーションのどの電飾よりも輝いているように見えた。
 
 何故、こんな事になっているのかを説明するには少し時間を遡らなければならない。とある切っ掛けで交際をしていた俺と大学生であるユウキくんはクリスマスから年始にかけてとんでもなく忙しかった。どちらかと言えば、主に俺が。この時期はクリスマスだ大晦日だと至る所から仕事が舞い込んでくるのだ。それを事前に彼に伝えれば「俺も学校が休みに入ったらまた帰省しないとなんですよ」と少しほっとしたような、悔しいような顔で彼は答えた。何でも長らく内縁関係だった彼の母とそのパートナーが結婚をした上、そのパートナーの息子――ユウキくんにとっては義理の兄の夫婦に子供が生まていたのだそうで。「流石に帰らないと母親はともかく圭兄……義理の兄がうるさいンで」と苦笑交じりで、しかし満更でもなさそうに彼は言葉を重ねた。そんな彼はお土産沢山買ってきますと言い、大学が休みに入ったその日の夜に彼の家族が住む北の大地へと飛んで行ったのだ。俺は彼へジンギスカンキャラメルだけは買ってこない様にと厳命した。
 
 ――それが数日前の話。そして昨日、予期せぬ出来事が起きたのだ。
「南海君ごめん!」
 出社をして第一声、先輩でもある勤め先の社長が俺の姿を見るや否や両手をパチンと合わせて叫ぶ。いつも穏やかな彼にしては珍しいその慌て切ったその姿に何が起こったのかと身構えれば彼は「あのバカがやりやがって」と言葉を続ける。彼がこの会社でバカと呼ぶ相手は一人しかいない。彼の右腕であり、この工房の一番の腕利きであり、俺の先輩でもある副社長で。何があったのかと更に身構えれば「風邪薬で耳やられたと。この年末年始はアイツは使い物にならないと思ってくれていい」との言葉。確か、何かの薬の副作用で聴覚異常が出る薬があったのだったか。そしてその現実を突きつけられて背筋が凍る。
「ってことは、副社長が出る筈だった依頼は……」
「他の所に振れる奴は振った。昨日の夜にアイツがすぐ気づいたのが不幸中の幸いだな……でも、一つだけ他に振れない得意先があってな……事情を話して仕方がないとは言ってくれたんだが、南海君を指名してきたんだ」
 言い難そうにそう告げた社長に、成程出社第一声の謝罪はそういう事か。「いつ、どこの依頼ですか」そう問えば彼が答えるのは北の大地の百九十万都市。しかも明日。そしてその指名をしてきた顧客はこの工房の得意先でもある著名なピアニストであった。元々副社長が日帰りで行くという予定だったのが、今回こんな事になってしまったから、と少しだけ余裕をくれて1泊の日程を組んでくれた。航空券も取れたというのだから社長の手の回し方の速さが伺える。しかも仕事が終わればゆっくり観光しても良いというお達し付きで。その日は自分に割り振られた仕事を片付け、急いで家に帰り一泊二日の荷造りを簡単にし、恐らく早朝便しか取れなかったのだろう。翌朝の早朝便に間に合うように今夜のうちに家を出た。
 
 そんな慌ただしく北の大地に降り立った俺は、目的の市に着いてすぐに自分の服装を後悔した。主に靴の裏を。寒いのは分かり切っていたからコートもマフラーも手袋も準備してきていたが、靴の裏までは考えていなかった。いつも履いている革靴をそのまま履いてきたもんだから、とんでもなく滑る。急いで近くの店で着脱式のすべり止めを買って、市内のコンサートホールに向かう。旅の荷物もそのままに、今日のコンサートで使うピアノの調律をこなして仕事を終えればあとは自由時間だ。チェックイン時間にはまだ早い時間、ホテル近くの喫茶店でふと思う。そういえば、ユウキくんはこの市内に住んでいたのだったか。少しだけ悪戯心が芽生えた俺はある事を心の中でだけひっそりと決めた。その決意を胸に、チェックイン時刻になったホテルへ向かい、すこしだけ休憩してから日が落ちはじめ、光り輝き始めた街中へと繰り出したのだ。
 その悪戯は、結果的には大成功だったようで、その悪戯のメールを送った次の瞬間には俺の携帯が鳴る。画面にはユウキくんの名前が点灯して、笑いを噛み殺しながら「もしもし」と出れば「そこから動かないでください!」と悲鳴のような叫び声が飛んでくるのだ。そして、今に至る。
 
「ホント、驚いたんデスよ? 『今どこにいると思う?』って言ってテレビ塔の写真送ってくるんですもん」
「ごめんね、昨日急遽出張が決まってついでに一泊して良いって言われてさ」
 恨みがましく視線を送る彼に、今回の悪戯の原因を話して聞かせれば彼は「あちゃー」とでも言いたいような表情になる。「で、仕事も終わったし落ち着いて考えたらそう言えばユウキくんもこっちに来てたんだよなって思ってつい、ね」そう言葉を重ねれば、彼は柔らかく表情を崩して「そんな風に思ってもらえて嬉しいです」と微笑むのだ。
「それに、ここのイルミネーションは明後日、クリスマスマーケットは明日までなんですよ。南海さんと一緒に見れて良かった」
 素直にそんな事を言う青年に、胸がこそばゆくなる。
「そうだね、俺もユウキくんと見れて良かった」
 愛の言葉は恥ずかしくて囁けない。だから、今夜はこれで許してもらいたい。そんな気持ちを込めながら、俺は彼にそう告げたのだ。

 

 

——————————————————

 

 

PianoForte.も本編出したし、そろそろくっ付いたあとの二人の直接的な話を書いても良いかなって。

結城と南海ちゃんがサッポロシティーのイルミネーション見るネタは6年程温めてたので満を持して感がすごい。

 

 

| 18:31 | Pianoforte. | comments(0) | - | posted by 狭山 |
ながれるほしに、ねがいをかける。

*-*-*
 
Pianoforte. 結城夫妻の場合。
 
「アレ? ルイはもう寝たのかい?」
愛する幼い息子を夢の世界に連れて行ってから、私はベランダに出て空を見つめる夫の元へと向かう。
流星群を見るんだと、眠たそうな息子相手にひとしきり騒いでいたのを私がベランダに追いやったのだ。
「そりゃぁもう、ぐっすり」
そっかーと能天気な相槌を打ちながら星空を見つめる彼に17と言う年の差は感じられなくて、私は彼の横に座って、星空には目もくれず、隣の彼の、空を見つめる真剣な顔を見つめていた。
「でも、こうやって星を見てると思いだすなぁ」
「何を?」
「ウチのバーに来て弾いた、スターダストのメロディ」
「あぁ、バイトの面接の?」
私と彼の出会いは、彼がマスターをやっているバーのバイトの面接だったのだ。
17も年上だった彼の猛烈なアタックに私はやられてしまって今、此処に居る。
「そ、レイの弾く音ってすっごく俺の好みーレイも好みだよー」
そう言って腕を広げて Come on my love! と笑う彼の一連の動作に厭味や気障さは無いのは育ちの所為か、それとも彼自身の性格のせいなのか。
「しょうがないわね、my darling」そう言って彼の腕の中へすっぽりと入り、抱きかかえられる形になる。
「ホント、レイの弾く音も、歌ってる声も、しゃべってる声だって、大好きだよ」
「あなたはどうせ音しか見てないものねー」
そうやっていじければ、彼は笑う。見えてなくても触れている所から伝わる振動で解る。そうして私の耳元で囁くように告げるのだ。
「ルイと同じそのはちみつ色の髪も、俺の腕の中にこうやってスッポリ入る小柄な所も、気が強くて頑張り屋さんな所も、俺と同じで、音楽に一途なところも。大好きだよ?」
私だって彼の奏でるサックスのキラキラした音色や、喋る時の柔らかな声、歌う時の情感たっぷりの深い声色、柔らかな笑顔、その他全部ひっくるめて大好きだけれど、悲しきかな日本育ち。まだまだ彼のようには上手くいかない。
「今度はレイの番だよー」と笑いながら私を抱きしめる彼にそっけなく「レオに押し負かされたのよ!」と言ってしまう。
もしも私が流れ星に願いをかけるなら、愛の言葉を伝える勇気と、貴方と一緒に居れる時間を願いたい。
 
*-*-*
 
昔の話。結城がまだ赤ん坊だった頃の結城の両親の話。
 
*-*-*

 

(tumblrより移植:2012/8/14)

| 20:34 | Pianoforte. | comments(0) | - | posted by 狭山 |
思い返せば青春だった。
 
「モリコーネか」
当分会えないだろうから最後にバードランドで集まろうと、いつもの貸しスタジオで集合という約束で、相変わらず早く着きすぎたおれは、その部屋に置かれているピアノの鍵盤に指を走らせていた。その一言に、声の投げられた方へと視線を走らせれば、見慣れた金髪。「おっと、邪魔した?」そう言いながらドアを閉めてそっと室内に入るのは結城。「珍しいね、二番乗りなんて」いっつもギリギリに走ってくる癖に。と付け足しながら声を掛ければ「最後だからな」と背負っていたサックスケースを下ろし、楽器の準備をしながら笑みを見せる。
「ニューヨークだっけ」
そう問えば、回答の代わりに彼はマウスピースで音を出す。
「レオ……父さんのやってたジャズクラブで修行してくるよ。」と結城の声が続いた。
「片桐はパリだっけ」
「うん、卒業式の次の日に発つ事にしたんだ」
戯れに鍵盤を弄びながら、彼の問いに答える。
「なぁ、さっきの曲、やろうぜ」
そう切り出し、動作を確認するように素早く音階を吹く結城に、答えることはせずにおれもイントロを弾き始めた。それに気づいた結城も、おれの音に注意を傾ける。

そっと、囁くように入ってきた結城の音に沿うように、本来の音とは少し違うかもしれない脚色を加えながら彼のきんいろの音を、飾っていく。その曲は、つい先日わりと仲の良い同期と見てきた映画で流れていた曲。その想いを音に込めたのに、それを渡すことのできなかった美しくも切ないその曲に、おれはどうしても惹かれてしまっていた。
最後の一音を丁寧に弾いてから、結城を見れば、彼は笑う。
「珍しいよな、お前が映画音楽って」
からかうようにそう言われれば、「こないだ三上さんと見に行ってさ」と答えてしまっていた。
その回答に結城は「ミケちゃんと?相変わらずお前ら仲良いなぁ」と笑いを堪えるように震える声で言う。そういえば結城は彼女とある意味同郷だったか。彼女と言葉を交わすきっかけになったライブも、確か結城が彼女を誘ったのだった。と記憶を呼び起こしていれば、体を震わせていた結城は、我慢できないと笑い出す。
「笑うことないだろ」
「ゴメンゴメン、だってさー、笑えすぎなんだって。お前とミケちゃんお似合いすぎてもう、」その後は言葉に出来ないようで彼は延々と笑い続ける。
「よーっす……ってシュン坊どうしたよ」
体を震わせて笑う結城の姿を見咎めつつドアを開けたのは最年長の鷹晴さん。使い物にならない結城の代わりに「結城は笑いすぎて再起不能ですね」と返す。その後ろから茜くんが入って来て、結城を奇妙なものを見るような目で見つめていた。そこから数分ひいこら笑いを噛み殺すのにプルプルと体を震わせていた結城も、深呼吸をしてやっと戻ったらしく、「片桐がミケちゃんと映画見てきたって言うから。しかも海の上のピアニストとかもう、あー可っ笑しい」と笑っていた事情を話せば、二人して「成程」と頷く。
「そんなに可笑しいかなぁ」
俺だけが首を傾げる状況にある中で、結城以外の2人はそうじゃないけども。と軽く笑って。「まぁ、今だから言うけどこれでこいつら付き合ってねーんだぜってのが俺らの中でも鉄板でな」と鷹晴さんが代表して言い、残る2人も首を縦に振る。
「その中でもシュン坊が一番2人を見てきたんだからしょうがないだろう」と笑いすぎてまだ呼吸が落ち着いていない結城が更に強く頷いていた。

「ギッギリセー!? っていうか、皆何してんの」
そんな微妙な空気をドアをぶち破るように入ってきたのは了馬くん。その姿を確認したおれたち4人は彼のきょとんとした顔に少しだけ噴き出して、それぞれのポジションに向かい、楽器を整備する。

「さてと、当分このメンツじゃ演れねーし、気合入れますかね」
そういって笑った鷹晴さんは、バードランド! と叫んでドラムを叩き始めた。


――――――――――――――――――――


今出さないとまた1年温存せねばなるまいモノをば。
 
| 20:48 | Pianoforte. | comments(0) | - | posted by 狭山 |
Playing Love
 

「ドビュッシーが聴こえてきたから、三上さんだと思って」



そう言いながらドアを開けて中に入ってきたのは、何年も会っていなくて、そして、何年も恋い焦がれていた人だった。そんな恋い焦がれてた人が目の前にいきなり現れて、まともな反応を返せる人はごく少数だと思うし、私もご多分に漏れず狼狽えた。しどろもどろしてる私に、片桐くんは笑って、私が座っているグランドピアノとは別の、たまにしか使われないアップライトピアノの前に座ってそっと、鍵盤に指を乗せた。彼の弾いた流れるような音階には、聞き覚えがあった。

昔、彼と見に行った最初で最後の映画で使われていた曲。この曲だけは結構有名で、時折喫茶店やホテルの館内で流されている事がある。タイトルは確か、愛を奏でて。

何年も会っていなかった私の前にいきなり現れて、一緒に観た映画の、よりにもよってこの曲を選んで弾くその意図は、何なのか。少しは、期待してもいいのだろうか? 片桐君の奏でる音は、ディスクに納めらていたそれよりもずっと、色鮮やかで。その曲を弾く片桐君の背中を見つめながら、彼がここに来た意図を測りかねていた。片桐君がやることは、昔も今も、変わらず唐突だから。

「少しは、落ち着いた?」

こちらに向き直って柔らかく、優しく微笑む片桐君の声で、曲が終わったことを知る。私の頭の中では、反芻するように音の一つ一つがキラキラ輝きながら反響していた。

「おっ、落ち着いたも何も、いきなりすぎるでしょう……」

「いやぁ、明日から結構忙しくなっちゃうからさ、その前にって思って。大学行って芳野さんに勤め先、訊いちゃったよ」

相変わらずマイペースに話す片桐君に、私も何とか落ち着きを取り戻し初めて、笑う余裕ができる。

「大学って、大変なことになったでしょ」

「凄かった、芳野さんに見つけて貰えなかったらあのまま動けなかっただろうなぁ」

学内で学生たちにもみくちゃにされる片桐君は容易に想像できて、思わず声を上げて笑う。そんな私に片桐くんは笑い事じゃないよ、と少しだけ眉を寄せる。

「ごめんごめん、それで、何で此処に?」

何年も前に彼に対して失恋を済ませてる私は、何が起こってももう怖くないなんてヤケクソな気分で、気安い気持ちで、冗談めかしながらちょっとは期待していいかな? なんて付け加えた。

「期待にお応えできるかは分からないけど、言いたい事があって来たというか、何というか」

私は言葉を返さず、手のひらをどうぞ、と差し向け彼に続きを促す。

「時間がかかったけど、やっと気付いたから伝えに来た。おれさ、三上さんの事が好きなんだ」

微笑んだまま、片桐君は気負う事も、照れ隠しにごまかそうとする事もなく、いつものトーンでそう言った。

「パリでキツかったり、世界回って忙しくしてたときに思い出してたのは決まって三上さんと居た時間だった、気付いたときには支えになってた」

気付くの、遅すぎたかな? と苦笑混じりで話す片桐君に、クラクラしてしまうくらい、首を横に振る。

「遅すぎない、うれしい、私もずっと、ずっと、好きだったし、今も好きなの」

縋るように、途切れ途切れの言葉を、口に出す、そんな私を片桐君は微笑みながら見つめていて。

「ねぇ、三上さん。おれはこの通り世界飛び回っちゃうような仕事してるから、お互いに働いてたら一緒に居れない事も多いけど、もし、それでも良ければこの先の人生、一緒に歩いていきたいんだ」

私は、その言葉を咀嚼して飲み込む前に、脊髄反射で首を縦に振ったのだけれど、もしかしてこれ、プロポーズってやつじゃない?



それについては、その日突然現れ、現在は私の夫となった彼は「今言っとかなきゃ、いつ言うんだって気分だったよね」と語る。その日にプロポーズ、あまりの出来事に動かない頭のまま、その日の仕事を終え、その足で高級そうなジュエリーショップに連れて行かれて気付いたら左手の薬指で指輪が光っていた。日曜には友人に紹介する、と連れてこられた大学近くのスタジオで、今をときめくロックバンドのリーダーや、足繁く通っている洋菓子店、エカルラートの店主、それに大学の同学年に在籍していた片桐君の友人でもある結城君の姿もあった。世間の狭さと片桐君の顔の広さに面食らっていたが、多分、顔が広いのは結城君だ。と冷静になって思い返した。「またすぐ来るから」と言い残し一端パリに帰った彼が次に日本に来た所で、お互いの両親に報告、その後もちょくちょくと日本と欧州を行き来してくれたお陰で、気付いた頃には入籍を済ませて私は片桐圭子になっていた。周囲からは未だにミケ呼びだけれど。

勿論、世界を飛び回ってるピアニストである夫と落ち着いて過ごせる時間は多くはない。もうそろそろ日本に腰を落ち着けようと思ってる、とは言っているけど、いつになるかは分からない。だけれど、長い間の片思いが一気に実った私にとって苦ではないのが救いだ。郵便受けに入っていた彼からのポストカードをリビングの壁に掛けたコルクボードに張って、思わず笑う。



こういう穏やかな幸せが、私たちにとって一番良い暮らしなんだと、私は色とりどりのポストカードを見ながら、一人頷いた。





—————————————————





2014.12.09発行 無料配布片ミケ連作本より。




| 21:47 | Pianoforte. | comments(0) | - | posted by 狭山 |
| 1/4 | >>